大阪高等裁判所 昭和55年(行コ)36号 判決 1981年1月23日
控訴人(原告) 高斗柄 外二名
被控訴人(被告) 法務大臣 大阪入国管理事務所主任審査官
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人法務大臣が控訴人らに対し昭和五三年一一月一六日付でなした控訴人らの出入国管理令四九条一項に基づく異議の申出を棄却するとの裁決を取り消す。被控訴人大阪入国管理事務所主任審査官が控訴人らに対し同年一二月一五日付でなした退去強制令書発付処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
当裁判所も、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないと判断するものであり、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由の説示と同一であるから、これを引用する。
「成立に争いない甲第一号証に原審の控訴人高斗柄本人尋問の結果を総合すると、控訴人高斗柄は、昭和一七年韓国人の母高子成の子として韓国で出生したが、同一九年一月一二日出生したものとして韓国の戸籍(本籍済州市内都洞八八七番地)に登載され、現在韓国籍を有する外国人であることが認められるところ、その後日本国籍を有する父寺中隆雄が昭和五四年四月五日同控訴人を認知したものであつて、同控訴人は、右認知によつて直ちに日本国籍を取得するものではない。すなわち、国籍法二条一号は、子の出生時において法律上父子の関係が成立する場合について定めたもので、自然的血縁として父子の関係があるにとどまる場合には、その適用がないのであつて、後者の場合には、父が子の出生後に認知したとしても、それはわが民法上出生の時から婚外子として親子の身分関係があつたものとするにすぎず、これによつて子は当然に日本国籍を取得するものではないと解されるからである。したがつて、同控訴人は、なお韓国籍を有する外国人であるから、これを前提とした本件裁決及び本件令書発付処分にはこの点に関する違法もない。」
よつて、控訴人らの各請求を棄却した原判決は正当であつて、本件各控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 首藤武兵 丹宗朝子 西田美昭)
原審判決の主文、事実及び理由
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者双方の申立
一 原告ら
1 被告法務大臣が原告らに対し、昭和五三年一一月一六日付でなした、原告らの出入国管理令四九条一項に基づく異議の申出を棄却するとの裁決を取消す
2 被告大阪入国管理事務所主任審査官が原告らに対し、昭和五三年一二月一五日付でなした退去強制令書発付処分を取消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
主文と同旨。
第二原告らの請求の原因
一 被告法務大臣は、昭和五三年一一月一六日付で原告らに対し、出入国管理令(以下、管理令という)四九条一項による異議の申出を棄却するとの各裁決(以下、本件裁決という)をなし、被告大阪入国管理事務所主任審査官は、同年一二月一五日付で原告らに対し、朝鮮への各退去強制令書を発付した(以下、本件令書発付処分という)。
二 しかしながら、本件裁決および本件令書発付処分は、以下の理由によりいずれも違法な行為であるから取消されるべきである。
(一) 原告高斗柄(以下、原告斗柄という)は、昭和一七年韓国済州道において母・高子成(韓国籍)、父・寺中隆雄(日本国籍。以下寺中という。)との間に非嫡出子として出生した。寺中は、昭和二〇年の終戦直後に日本へ引揚げたので、原告は、母の許で育てられ、翌二一年母死亡後は祖父母の許から小学校へ通学し、祖父母死亡後は済州保育院(孤児院)に預けられ、同所から小学校、中学校(中退)へ通い、通信教育で高等学校の課程を終え、靴店で働いていた。
原告姜玉富(以下、原告玉富という)は、昭和二一年九月九日韓国済州道において出生し、小学校を卒業後家業の農業を手伝つていた。
右原告両名は、昭和四三年一一月二九日結婚したが、その間に昭和四四年一一月一一日に出生した長女・高希[女正]がいる。
(二) 原告斗柄は、原告玉富と結婚する前から寺中を探していたが、韓国に身寄りもないこととて是非父の許で暮したいと考え、昭和四五年二月一九日寺中を探す目的で本邦へ不法入国し、大阪でヘツプ加工に従事していた。原告玉富は、原告斗柄の跡を追つて昭和四七年二月本邦に不法入国し、大阪でヘツプ加工に従事していた。右原告両名は、昭和四九年二月から肩書地で袋物加工業を始め、預貯金四〇〇万円を有するに至り、現在は得意先の信用もえ、日本社会に定着し、安定した生活を送つている。
原告高希京は、昭和五一年四月六日大阪市で右原告両名の次女として出生した。
(三) 原告斗柄は、昭和五三年中頃寺中(島原市居住)を探しあて、寺中も原告斗柄を自己と高子成との間に生まれた子として認めているので、父に対し孝養を尽したいと考えている。
(四) 以上のような事情の下にある原告らに対してなされた本件裁決は、その裁量権の範囲を逸脱し、著しく不公正かつ不当なものであり、したがつてこれに基づきなされた本件令書発付処分も違法なものである。
第三被告らの答弁
一 請求の原因一記載の事実は認める。
二 同二記載の事実については
(一)のうち、原告斗柄が寺中の子であることおよび寺中に関する事実は知らないが、その余は認める。
(二)のうち、韓国に原告斗柄の身寄りがないこと、原告斗柄の本邦への不法入国目的、原告らが日本社会に定着し、安定した生活を送つていることは争うが、その余は認める。
(三)のうち、原告斗柄が昭和五三年中頃寺中(島原市居住)を探しあてたことは認めるが、その余は知らない。
第四被告らの主張
本件裁決が裁量権の範囲を逸脱した著しく不公正かつ不当なものであり、したがつてこれに基づきなされた本件令書発付処分も違法なものであるという原告らの主張について。
管理令四九条三項に基づく本件裁決は、当該外国人の管理令二四条各号該当性の有無についてのみの判断に限定されており、裁量の余地は全く存しないのであるから、裁量の違法を理由としてその取消を求める原告らの主張は失当であり、仮に原告らの主張を管理令五〇条一項に基づく法務大臣の在留特別許可(以下、特在許可という)の許否の裁量の違法を理由として本件裁決および本件令書発付処分の取消を求めているものと解しても、以下に述べるとおり失当である。
(一) 管理令四九条三項に基づく裁決と管理令五〇条一項に基づく特在許可の許否の裁量とは別個独立の処分であつて、後者の違法を理由として前者の取消を求めることはできない。
(二) 仮に右主張が容れられないとしても、原告らに対し特在許可を与えなかつたことに関し、裁量の違法は存しない。
即ち、外国人の入国ならびに滞在の許否は当該国家の自由に決しうるものであり、条約等特別の取極めが存しない限り、国家は外国人の入国または在留を許可する義務を負うものではないというのが国際慣習法上の原則であるから、特在許可の許否の裁量は極めて広範な自由裁量に属するものである。
したがつて、原告らの主張するような事実をもつてしても、法務大臣の裁量はその範囲を逸脱したものということはできない。
第五証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一記載の事実については各当事者間に争いがない。
二 そこで、本件裁決および本件令書発付処分の違法事由の存否について判断する。
(一) 管理令四七条ないし四九条によれば、法務大臣は特別審理官の判定に対する異議につき、特別審理官の判定によつて維持された入国審査官の認定の当否を審査し、裁決を下すが、さらに、管理令五〇条によれば、法務大臣は右裁決にあたり、異議の申出が理由がないと認める場合でも一定の要件が存するときは容疑者に特在許可を与えることができるのであるから、異議を棄却する裁決は同時に右特在許可を与えない処分としての性質を有するといえる。そして管理令五〇条の規定の体裁自体ならびに外国人の出入国および滞在の許否が元来国家において自由に決しうる事柄であることからみて、特在許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に委ねられていると解すべきものであるが、他方その裁量は全く無制限なものではなく、著しく人道に反するとか、著しく正義の観念にもとるとか等社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合には裁量権の範囲を逸脱したものとして、またこれを濫用したものとして、違法性を帯びるに至るというべきである。
(二) よつて、本件裁決が右のような意味で違法性を有するか否かについて検討する。
請求の原因二、(一)記載の事実(但し、原告斗柄が寺中の子であることおよび寺中に関する事実は除く。)、同二、(二)記載の事実(但し、韓国に原告斗柄の身寄りがないこと、原告斗柄の本邦への入国目的、原告らが日本社会に定着し、安定した生活を送つていることは除く。)、同二、(三)記載のうち、原告斗柄が昭和五三年中頃に寺中(島原市居住)を探しあてたことは、各当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一号証(戸籍謄本)、第二号証(新聞記事)、第三号証(戸籍謄本)、乙第一九号証(除籍謄本)、第二〇号証(調査報告書)、原告高斗柄本人尋問の結果によれば、
(1) 寺中は、済州島で護岸工事の現場監督をしていた昭和一七年、正妻とその間に儲けた子供がありながら、当時海女をしていた高子成との間に原告斗柄を儲けたが、終戦とともに高子成、原告斗柄と別れ、一家で島原へ引揚げた。
(2) 韓国には、原告斗柄の腹違いの兄姉二人がおり、また原告玉富の父母や五人の兄弟がいる。しかし原告斗柄は、自己の兄姉と一緒に生活したことはない。
(3) 原告斗柄と原告玉富は、その間に儲けた長女・希[女正]を韓国にいる原告玉富の父母に預けたまま本邦へ不法入国した。
(4) 寺中は、昭和五四年四月五日原告斗柄を認知したが、原告斗柄、同玉富の助けを必要としている状態ではない。
(5) 原告斗柄、同玉富は、現在大阪において袋物加工業を営み、原告希京とともに安定した生活を送つている。
以上の事実が認められる。
右の事実、就中、原告斗柄の生立ちや、原告斗柄の本邦への入国目的には、父親である寺中を探す意図が含まれていたことを否定できないこと、原告らが現在大阪において安定した生活を営んでいること等の点を斟酌するときは、原告らが引続き本邦に滞在することを強く希望していることについて同情すべき点もないのではないが、他方、原告ら一家の長女や原告玉富の親族多数が韓国に居住しており、また原告らが韓国において生活できないといつたような格別の事情も窺えない。
したがつて、以上の事情の下では、被告法務大臣が原告らに対して特在許可を与えなかつたことが社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかなものということはできない。
(三) そうすると、本件裁決は裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれを濫用したものといえないから、何ら違法性はなく、したがつて、これに基づいてなされた本件令書発付処分もまた違法ではない。
三 以上の次第で、原告らの請求はいずれも失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。